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前橋地方裁判所 昭和50年(ワ)27号 判決 1976年1月19日

原告

高木日出男

被告

蛭間こと肥留間勇

ほか一名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

原告に対し被告らは各自金五〇〇万円及び被告肥留間勇はこれに対する昭和五〇年四月六日以降、被告岡田耕司はこれに対する昭和五〇年四月一〇日以降各完済まで年五分の金員を各自支払え

仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  昭和四六年一二月三日午前三時一〇分頃、埼玉県深谷市大字菅場一四八番地先(深谷観光バス株式会社前附近)道路上において被告岡田耕司運転する普通貨物自動車(以下、加害車と略称)と原告高木日出男同乗、訴外清水力男運転の普通貨物自動車(以下、被害車と略称)が衝突した(交通事故の発生)。

(二)  右事故は被告岡田の過失(訴外清水運転の被害車の直前に進路を変更して進入)により発生した。

(三)  被告肥留間勇は右事故当時、加害車を自己のために運行の用に供していたものであり、右事故はその運行により生じ、かつ被告は右事故当時、加害車の運転者被告岡田の使用者であり、右事故はその事業の執行につき生じたものである。

(四)  右事故により原告は次記損害を蒙つた。

1 治療費 五〇万五、三〇〇円

右事故により原告は多発性骨盤骨折、膀胱破裂、左腓骨骨折などの傷を負い、荻野医院に昭和四六年一二月三日以降昭和四七年二月二日までの入院、同年同月三日以降同年四月一八日までの通院治療を受け、右記額の治療費を支出した。

2 マツサージ費 四万一、八〇〇円

右は昭和四七年三月以降同年八月までの間のマツサージ治療費である。

3 入院雑費 一万八、六〇〇円

右は前記入院六二日間の一日当り三〇〇円の雑費である。

4 付添看護費 九万三、〇〇〇円

右は前記入院六二日間の一日当り一、五〇〇円の付添看護費である。

5 休業損害 四一九万〇、四六三円

原告は右事故当時、車持ち込み運転手として働き、一ケ月平均四六万五、六〇七円の運賃収入をえていたが、前記負傷のため前記事故当日以降九ケ月間稼働できなかつた。

6 逸失利益 一、九四一万四、四九八円

原告は前記負傷治療後も左下肢三糎短縮、左膝関節、左足関節運動障害などの後遺障害のため、少くとも将来一〇年間、労働能力の四五パーセントを失つた。従つて前記平均収入を前提とすれば右一〇年間に右記額の過失利益損害が生ずることになる(ライプニツツ方式により年五分の中間利益を控除)。

7 慰謝料 二三〇万円

前記負傷、後遺障害(なお前記後遺障害のほかに勃起不能による生殖器障害がある)を前提とすれば右記額の慰謝料が相当である。

8 車両損害 二二万円

被害車(事故時の価額二二万円)は原告所有であるが前記事故で大破してスクラツプ同様となり廃車された。

(五)  よつて被告岡田に対しては民法七〇九条、被告肥留間に対しては、前記(四)の1乃至7の人的損害については自賠法三条本文、前記(四)の8の物的損害については民法七一五条一項本文に基づき、前記損害金計二、六七八万三、六六一円のうち受領済自賠保険金二一八万円を控除した残額二、四六〇万三、六六一円のうちの五〇〇万円、およびこれに対する(不法行為後である)本訴状副本送達の翌日(被告肥留間については昭和五〇年四月六日、被告岡田については同年同月一〇日)以降の民法所定年五分の遅延損害金の各自支払を求める。

二  請求原因に対する認否

その(一)、(三)は認める。

その(二)は否認する。

その(四)の1乃至8は不知。

三  過失相殺の主張

本件事故の発生については原告側にも過失(原告の被用者である訴外清水運転手は適切なブレーキ操作などをなさなかつた)がある。

四  過失相殺の主張に対する認否

訴外清水運転手が原告の被用者であつたことは認めるがその余は否認する。

五  抗弁(消滅時効の援用)

(一)  原告が本件交通事故に基づく損害および加害者を知つた昭和四六年一二月三日(本件交通事故の日)より三年以上経過している。

(二)  かりに原告が後遺障害に基づく請求原因(四)の6、7の損害を昭和四七年四月一八日(原告が右後遺症につき荻野医師から最後の治療を受けた日)に知つたとしてもその日より三年以上経過している。

(三)  被告らは本訴において右消滅時効を援用する。

六  抗弁に対する認否

抗弁(一)、(二)の各時効の起算点に関する主張は否認する。前記後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点は昭和四八年七月一七日(治癒の日)である。

七  再抗弁(消滅時効の中断)

(一)  被告肥留間は昭和四七年二月および同年六月、本件交通事故に基づく損害賠償債務を承認した。

(二)  かりに後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点が被告ら主張のように昭和四七年四月一八日であつたとすれば、右消滅時効は昭和五〇年二月二四日(本件訴状提出の日)の本訴請求により中断した。

八  再抗弁に対する認否

その(一)は否認する。

その(二)のうち後遺障害に基づく損害についての本訴請求が昭和五〇年二月二四日提出の本件訴状によりなされたとの主張は否認する。本件訴状には後遺障害に基づく損害についての記載はあるが、その支払を受けたとして結局、その請求はなされていない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)は当事者間に争いがない。

二  以下、請求原因(二)について検討する。

成立に争いない甲第五、六、八、九、一二、一三、二〇号証、原告本人、被告本人岡田耕司の各供述(被告本人岡田耕司の供述については次記認定に副う部分)によると、

1  請求原因(一)の本件事故現場は、東は熊谷方面、西は本庄方面に通ずる幅員(車道輻員)一〇米の前方見通しのよい直線道路(国道一七号線)上で、衝突地点より約二〇〇米東方には、道路南側車道が舗装工事中であるために交通を北側車道だけの一方通行に規制するべく設置された工事用信号機が存したこと、

2  被告岡田は事故当日、右道路を西から東に向い時速約五〇粁で(前方を同方向に向う進行中の被害車に追従しながら)加害車(車長約一一米)を運転進行していたが、衝突地点手前約一五〇米辺で被害車を追い越すべく速度を時速六〇乃至七〇粁(制限時速度は五〇粁)に加速しながら進路を右(南)側車道に変更して追い越しを開始したところ、前記工事用信号機の信号が青から赤にかわり、かつ被害車に先行していた数台の自動車が右信号に従い、停止しようとしているのを認めたので、急いで追い越しを完了し左(北)側車道に進路を変更すべく、更に進行し、追い越しを開始してから約一五〇米進行した辺で追い越しを完了したので(右記先行車のうちの最後尾車が前方二〇数米ですでに停止していたので)ブレーキをかけつつ、ハンドルを左に切り、進路を左に変更し、被害車の直前約三米に進入し、約二〇米進行し右記先行最後尾車のうしろ約二米辺に停止したとき、加害車の直前進入で急ブレーキをかけたが停止できなかつた被害車がこれに衝突(追突)したこと、

が認められ、右認定に反する被告本人岡田耕司の供述部分は前記証拠に照らすと採用できず、ほかに右認定に反しこれを覆すだけの証拠はない。

追い越しに際しては事故防止のため、前方の交通状況に応じた安全措置が必要であり(道交法二八条四項参照)、追い越し開始後、前記のように前方信号機の信号が青から赤にかわり、数台の先行車が停止しようとしており、その最後尾車と被追い越し車との間には左程の間隔がないような場合には、被追い越し車の追突などの危険をさけるため、左側車道への進路変更は一時断念し、被追い越し車の直前への進入はさけるべきである。

そうすると前記のように右記前方交通状況を認識しながら、先行最後尾車と被害車との間隔がわずか二〇乃至三〇米位しかないのに、車長約一一米の加害車を被害車の直前約三米に進入させて進路変更を敢行した被告岡田には過失があつたといわざるをえない。

三  請求原因(三)は当事者間に争いがない。

四  以下、請求原因(四)について検討する。

1  治療費(是認額五〇万五、三〇〇円)

成立に争いない甲第一一、三五、三六、三七、三八、四二号証、原告本人の供述によると、原告は本件事故により多発性骨盤骨折、左坐骨神経痛、膀胱破裂、左腓骨骨折などの傷を負い、昭和四六年一二月三日以降昭和四七年二月二日までの六二日間荻野医院に入院治療を受け、同年同月三日以降同年四月一八日までの間(実日数五日)同医院に通院治療を受け、その間五〇万五、三〇〇円の治療費を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  マツサージ費(是認額四万一、八〇〇円)

甲第四二号証、原告本人の供述により真正なものと認められる甲第四七号証、原告本人の供述によると、原告は右記荻野医院に通院中および同医院における治療を終えた後である昭和四七年三月以降同年八月までの間、堤マツサージ治療院において三八回、マツサージ治療を受け、合計四万一、八〇〇円の治療費を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、原告の前記負傷よりすれば右支出は損害として是認できる。

3  入院雑費(是認額一万八、六〇〇円)

入院中の一日当り雑費は三〇〇円とみることができるから、これに前記入院日数六二を乗じた右額は全額是認できる。

4  付添看護費(九万三、〇〇〇円)

甲第三五、三六号証、原告本人の供述によると、原告は前記負傷のため前記入院期間中、終始付添看護を必要とし、原告の妻がその付添看護に当つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして家族の一日当りの付添看護費は一、五〇〇円とみることができるから、これに前記入院日数六二を乗じた右額は全額是認できる。

5  休業損害(是認額二七〇万円)

甲第四二号証、証人石田喜和子の供述により真正なものと認められる甲第四八号証、同証人、原告本人の供述によると、本件事故当時、原告は訴外理研ブロツク工業株式会社に専属の車持ち込み運転手として働き、燃料費(約八万八、〇〇〇円)および助手一名に要する人件費(約一〇万円)を控除すると一ケ月平均約三六万円の運賃収入をえていたが前記負傷のため負傷の日である昭和四六年一二月三日以降、治癒の日である昭和四七年七月一七日までの七・五ケ月間全く稼働できなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると右期間の休業損害は三六万円に七・五を乗じた二七〇万円となる。右以上の休業損害を認めるに足りる証拠はない。

6  逸失利益(是認額一、六一九万七、七五三円)

甲第四二号証、成立に争いない甲第四一号証、原告本人の供述によると、原告の前記傷は昭和四七年七月一七日一応治癒したが左下肢三糎短縮、左膝関節、左足関節運動障害(および勃起不能による生殖器障害)などの後遺障害が残り、自動車の運転は可能であるが荷の積卸しなどの重労働はできない状態であり、右状態は将来も存続の可能性が大であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして右後遺障害による就労能力の喪失率は二〇パーセントとみるべきであり、原告の年令(昭和一六年六月二五日生)、前記職業よりすれば将来の就労可能年数は三〇年とみることができるから、原告は前記治癒の日の翌日である昭和四七年七月一八日以降現在までの約四〇・五ケ月間に、前記一ケ月の平均収入三六万円の二〇パーセントである七万二、〇〇〇円に四〇・五を乗じた二九一万六、〇〇〇円と、一ケ年平均収入四三二万円の二〇パーセントである八六万四、〇〇〇円に一五・三七二四(将来の就労可能年数三〇年間の逸失利益から年五分の中間利息をライプニツツ方式計算により控除するための係数)を乗じた一、三二八万一、七五三円を合算した一、六一九万七、七五三円のうべかりし収入利益を失い同額の損害を受けたことになるが、右額以上の右損害を認めるに足りる証拠はない。

7  慰謝料(是認額二三〇万円)

原告の前記負傷の部位、入通院期間、後遺症、年令、職業などを総合考慮すると、慰謝料の額は二三〇万円(その内訳、治癒までの期間につき五〇万円、後遺障害のうち生殖器障害を除く障害につき八〇万円、生殖器障害につき一〇〇万円)が相当である。

8  車両損害(是認額なし)

甲第五号証、成立に争いない甲第一五号証、原告本人の供述によると、被害車は原告が昭和四五年、訴外群馬三菱ふそう販売株式会社から買入れたものであること、本件事故で運転台部分が大破し廃車処分され、これに伴い原告がこれについての損害を受けたことは認められるが、事故直前の被害車の価額、従つて右損害の具体額についてはそれを認めるに足りる証拠がない。

五  過失相殺の主張のうち訴外清水運転手が原告の被用者であつたことは当事者間に争いない。以下、その余の点について検討する。

甲第一二、一三、一五号証、被告本人岡田耕司の供述によると、原告の被用者(運転資格がある助手)である訴外清水力男は原告同乗の被害車を運転して前記国道一七号線を西から東に向い、時速約五〇粁で進行していたが、右被害車の最大積載量は四トンであるのに約六トンのブロツクを満載していたため車の発進、停止は機敏さを欠いていたこと、訴外清水は、加害車が前記のように被害車の追い越しを開始後間もなくそれを知つたが、特に減速することなくそのまま進行し、前記のように停止した先行最後尾車の後方二〇数米手前辺で加害車が被害車の直前に進入してきた時点で急拠ブレーキをかけ、右にハンドルを切つたが及ばず、これに追突したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして右のような停止にも機敏さを欠く被害車を運転していた訴外清水としては、追い越し車(加害車)があり、しかも前記のような、工事用信号機の信号が赤にかわつたため数台の先行車が停止しようとする前方の交通状況からすれば、右追い越し車が自車の直前に進入してくることも当然予想されたのであるから、減速して右追い越し車の進路変更を安全かつ容易ならしめて事故の発生を防止すべきであつたと思われ、前記被告岡田の過失とこの訴外清水の過失の割合は八対二とみるのが相当である。

六  以下、抗弁(一)について検討する。

不法行為の一つである交通事故に基づく損害賠償請求権についての民法七二四条前段の消滅時効は、被害者が損害および加害者を知つた時点(起算点)から三年経過することにより完成するが、損害を知る、というには必ずしも具体的、個別的損害の程度、金額までを知ることを要するものではなく損害発生の原因である事由(本件では交通事故に基づく身体傷害)が発生し、被害者がこれを認識した場合には原則として、事故発生の直後頃の時点において、被害者は右事由から通常発生が予想される全損害についてはそれを知つたとみるべきであり、かつ加害者を知る、というにも、必ずしも具体的加害者の住所、氏名までを知ることを要するものではなく、交通事故発生直後の状況からして加害者(本件においては加害車の運転者、その使用者、加害車の運行供用者)の何人たるかを容易に知りうべき事情下にあつた場合は、事故発生の直後頃の時点において加害者を知つたとみるべきである。

ところで本件においては原告が事故後、意識喪失が続いたなど特別の状態にあつたと認めるに足りる証拠はなく、また甲第六、九号証、成立に争いない甲第四三号証によると、被告岡田は本件事故が発生した当日(昭和四六年一二月三日)深谷警察署において取調を受けたがその際自己が被告肥留間の被用者であること、加害車の保有者が被告肥留間であることを述べていること、翌一二月四日には被告肥留間自身も、被告岡田が自己使用の運転手である旨の証明書を発行していること、原告も昭和四六年一二月二五日の警察官の事情聴取に対し、被告岡田が魚屋(被告肥留間のこと)に勤務の運転手であることは事故後知つた旨述べていることが認められ、これらよりすれば原告は本件事故発生の直後頃の時点において、右事故に基づく負傷から通常発生することが予想される損害、および被告らが加害者であることをそれぞれ知つたということができる。

そして前記是認すべき損害のうちの治療費(本理由四の1)、マツサージ費(本理由四の2)、入院雑費(本理由四の3)、付添看護費(本理由四の4)、休業損害(本理由四の5)、慰謝料のうちの一部(本理由四の7)が本件事故に基づく負傷から通常発生が予想される損害であるこというまでもなく、また原告の負傷が前記のように多発性骨盤骨折、膀胱破裂、左腓骨骨折などであることからすれば左下肢短縮、左膝関節などの運動障害などの後遺障害およびこれに基づく損害の発生も当然予想されるものであり、また甲第四二号証によれば、骨盤(仙骨)骨折に伴う神経損傷のため受傷当初から勃起不能が存したことが認められるから、前記是認すべき後遺障害に基づく損害(本理由四の6の逸失利益、本理由四の7の慰謝料の一部)もすべてその発生が当然予想されていたものということになる。

そうすると結局、本理由四の1乃至7において是認した全損害(二、一八五万六、四五三円)につき本理由五の過失相殺をなした金一、七四八万五、一六二円の消滅時効は本件事故が発生した昭和四六年一二月三日の直後頃から進行し、現在までは勿論のこと、昭和五〇年二月二四日の本訴状提出までに、すでに三年以上経過しているといわざるをえない。

七  以下、再抗弁(一)について検討する。

右を認めるに足りる証拠はない。

すなわち原告本人の供述によると、昭和四七年二月頃、原告は被告肥留間方を訪問し、同被告に面接したこと、同被告は原告に対し、任意保険に入つているから保険会社が承認すれば保険を使つてもよい、という程度の発言をなしたことは認められるが、右本人および被告本人肥留間勇の供述からすると被告肥留間は本件事故が追突事故であり、原告同乗車(被害車)の方が追突した車であることを重視しており、当日も、加害車の運転手(被告岡田)、従つて自己には責任がない、との態度をとつていたことがうかがえるから、右記程度の発言をもつて債務承認があつたということはできず、ほかに右抗弁を認めうる証拠はない。

八  そうすると原告の被告らに対する本訴請求はいずれも失当となるからこれを棄却する。

九  訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条適用。

(裁判官 上杉晴一郎)

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